はじめに
「方針は間違ってないと思うんですけど、メンバーがついてこないんです」
マネジメントトレーニングの場で、こうおっしゃるマネージャーの方は非常に多いです。
会議で方針を伝えたのに、反応が薄い。
1on1で「最近どう?」と聞いても、「特にないです」と返ってくる。
退職面談で初めて「実は半年前からずっと悩んでいて……」と本音を聞かされる。
こうした経験に心当たりはないでしょうか。
私自身がまさにそうでした。前職でCOOを任されていた頃のことです。事業の方向性をロジカルに整理して、筋の通った方針を示したつもりでした。自分でも「これは正しい」と確信していた。にもかかわらず、メンバーの動きは鈍く、目に見えて温度差がある。
当時の私は「伝え方が悪いのか」「もっと分かりやすく説明すべきか」と、スキルの問題だと思い込んでいました。
しかし、原因はそこではありませんでした。
伝え方でもロジックでもなく、「信頼関係」という土台がそもそも抜けていたのです。
「あなたの言っていることは正しい。でも、あなたの言うことは聞けない」──こんな状態が、マネジメントの現場では当たり前のように起きています。「正しいのに動かない」の正体は、論理の問題ではなく、信頼の問題です。
信頼関係の構築と聞くと、「それは人柄の問題でしょう」「対人感受性がないと無理」と思われる方もいらっしゃるかもしれません。しかし、私はそうは考えません。信頼関係の構築も、権限設計や戦略方針と同じく、行動レベルで言語化できる「業務」です。
本稿では、信頼関係を築くための具体的な3つの行動を、EVeMが体系化した「型」としてお伝えしたいと思います。以下長文ですがご覧いただけますと幸いです。
「正しさ」だけでは人は動かない

マネジメントにおいて、論理的に筋が通っていることは重要です。しかし、論理だけで人が動くのであれば、マネジメントはこんなにも難しくないはずです。
人は感情の生き物です。
これは当たり前のように聞こえますが、マネジメントの場面になると、意外なほど忘れられています。
論理的に正しい → だからメンバーは動くはず。
筋が通っている → だから納得してくれるはず。
この「はず」が落とし穴です。
「この方針は正しいと思うけど、なんとなく腹落ちしない」「言っていることは分かるけど、この人のために頑張ろうとは思えない」──正しい・正しくないの以前に、感情が先に来る。それが人間ではないでしょうか。
つまり、論理は必要条件ではあるけれど、十分条件ではないのです。
論理と感情、この両方が揃って、初めてメンバーは本気で動きます。そして、この「感情」の部分を支えるのが信頼関係です。
信頼関係は、マネジメントにおけるすべての行動の土台です。方針を伝えるにも、フィードバックをするにも、権限を委譲するにも、土台に信頼がなければ機能しません。
逆に言えば、信頼関係さえ築けていれば、多少不格好な伝え方でも、メンバーは「この人が言うなら」と動いてくれる。いかに信頼関係が偉大であるか、ということです。
では、その信頼関係はどうやって築くのか。「人柄が良ければ自然にできる」というものではなく、具体的な行動として言語化できるのか。ここからが本題です。
信頼関係を構築する3つの行動「信頼の3点セット」
EVeMでは、信頼関係を構築するための行動を「信頼の3点セット」として体系化しています。
1.自己開示をする
・まず自分から見せる
2.全身全霊で相手の話を聞く
・持てるすべてのエネルギーを目の前の相手に向ける
3.教えていただく
・「教えてください」と素直に言う
「信頼関係が大事」とは誰もが言います。しかし、「じゃあ具体的に何をすればいいのか?」と問われてクリアに答えられる方は、意外なほど少ないのではないでしょうか。
信頼関係の構築が教養や所作のレベルに留まっているから、行動に落とし込めない。行動に落とし込めないから、「結局は人柄やセンスの問題だ」という結論になる。
そうではありません。この3つの行動を「業務」として実行することで、信頼関係の構築はセンスの問題から、誰でも実践可能なマネジメント業務に変わります。1つずつ見ていきます。
1.自己開示をする──まず自分から見せる
メンバーに「将来どうなりたい?」「大切にしていることは?」と聞いたとき、曖昧な答えしか返ってこない。そんな経験はないでしょうか。
このとき考えていただきたいのは、「あなた自身は、自分のWILL──やりたいこと・大切にしていること──をメンバーに話したことがあるか」ということです。
自分は何も開示していないのに、相手にだけ開示を求める。冷静に考えれば、これは不公平な構造です。
自分の内面を見せるというのは、誰にとっても勇気のいる行為です。ましてやマネージャーとメンバーという関係性の中で、メンバー側から先に心を開くのはハードルが高い。なぜなら、マネージャーは評価をする側であり、権限を持つ側だからです。そこには構造的な非対称性がある。だからこそ、マネージャーが先に見せるのです。
私自身、最初は自己開示がとても怖かったことを覚えています。「マネージャーは完璧でなければいけない」「弱みを見せたらナメられるのではないか」というプレッシャーがありました。
しかし、あるとき思い切って、自分がこの会社に入った理由や、マネージャーとして何を実現したいのか、さらには自分が苦手なことまで正直に話してみたのです。
すると、明らかにメンバーの反応が変わりました。「実は自分も……」と、少しずつ本音が出てくるようになった。
自己開示は、相手の自己開示を引き出す呼び水になります。マネージャーが自分のWILLを先に置くことで、「この人には話していいんだ」という空気が生まれる。この空気がない限り、1on1で何を質問しても「特にないです」が返ってくるだけでしょう。
具体的には、次の1on1でいきなりメンバーに質問を投げるのではなく、まず自分の話から始めてみてください。「自分がこの仕事をしている理由」「マネージャーとして大切にしていること」「正直に言うと苦手なこと」──30秒でも構いません。自分のWILLを先に置くことで、1on1の空気は変わります。
2.全身全霊で相手の話を聞く──持てるすべてのエネルギーを目の前の相手に向ける
メンバーが話し始めたとき、あなたはどんな姿勢で聞いているでしょうか。
PCを開いたまま。Slackの通知が気になる。頭の中では次の会議のアジェンダを考えている──。こうした「ながら聞き」は、想像以上にメンバーに伝わっています。
「全身全霊で聞く」とは、文字通り、持てるすべてのエネルギーを目の前の相手に向けるということです。
PCを閉じる。スマホを裏返す。相手の目を見る。相槌を打つ。遮らない。次に自分が何を言うかではなく、相手が何を言おうとしているかに集中する。
これは単なるマナーの話ではありません。その姿勢そのものが、相手への敬意になるのです。
「この人は、自分の話を本気で聞いてくれている」。メンバーがそう感じたとき、初めて「もう少し話してみようかな」という気持ちが生まれます。逆に、片手間で聞かれていると感じた瞬間、メンバーの口は閉じます。
「特にないです」の裏側には、「話しても無駄だ」という諦めが隠れていることが少なくありません。メンバーが本音を話さないのは、メンバーの問題ではなく、マネージャーの聞く姿勢の問題であることがほとんどではないでしょうか。
具体的には、1on1の開始時に意識的にPCを閉じ、スマホを視界の外に置いてみてください。それだけで、メンバーに向けるエネルギーの総量は変わります。そして、メンバーが話しているときに「次に自分が何を言うか」を考えるのをやめる。まずは、相手の言葉を最後まで受け取ることに集中する。聞くという行為を「業務」として全力で実行するのです。
3.教えていただく──「教えてください」と素直に言う
マネージャーは、メンバーよりも「偉い」のでしょうか。
答えはNoです。マネージャーとメンバーは役割の違いであって、偉い・偉くないの関係ではありません。
これはまさに、EVeMの社名に込めた思想の根幹にある考え方です。マネージャーは「チームの成果を最大化する」という役割を担っているだけであり、メンバーは「専門性を発揮して成果を出す」という役割を担っている。「私はそういう役割だから意思決定を行っているだけ」であり、地位が上だから偉いわけではない。
しかし、組織構造上、マネージャーには権限があります。評価をする側でもあります。その構造の中で、無意識のうちに「自分のほうが上だ」という感覚が染みついてしまうことがある。
私にもそういう時期がありました。マネージャーは答えを持っている人であるべきだ、という思い込みがあり、メンバーに「教えてください」となかなか言えなかった。知らないことがあっても、それを認めることが怖かった。
しかし、その姿勢こそが精神的なヒエラルキーを固定化し、メンバーの才能や意欲が花ひらく機会を奪っていたのです。
「教えてください」と素直に言えるマネージャーに対して、メンバーは「この人は自分のことを偉いと思っていない」と感じます。役割を超えた上下関係ではなく、フラットに仕事ができるのだ、と。その安心感が、信頼関係の土壌になります。
具体的には、メンバーの専門領域や詳しい分野について、「それ、もう少し詳しく教えてもらえますか?」と聞いてみてください。技術のこと、顧客のこと、業務プロセスのこと──マネージャーよりメンバーのほうが詳しいことは山ほどあるはずです。知ったかぶりをするのではなく、「教えてもらう」姿勢を見せる。それだけで、メンバーとの関係性は変わり始めます。
「テクニック」として消費した瞬間、信頼は崩れる
ここまで「信頼の3点セット」について書いてきましたが、1つ決定的に重要なことをお伝えしなければなりません。
表面的にやると、バレます。
「聞いているふりをしているが、心ここにあらず」
「教えてもらうポーズはとるが、全然学ぼうとしていない」
「自己開示のつもりが、ただの自分語りで終わっている」
こうした「テクニックとしての消費」は、メンバーに見抜かれます。
実は、私自身にも痛い経験があります。マネジメントの手法として自己開示を学び、「よし、1on1で使ってみよう」と実践したことがありました。すると、メンバーから「何か意図があるんですか?」と聞かれたのです。
テクニックとして使おうとした瞬間、見透かされていました。
人は感情の生き物です。だからこそ、感情の機微に敏感です。こちらが本気かどうか、形だけかどうか、メンバーは驚くほど正確に見抜いている。マネジメント業務として体系化し実行するからといって、そこに感情を込めなくて良いという意味ではありません。
業務として型を持つことと、本気で向き合うこと。この2つは矛盾しません。型があるからこそ何をすべきかが明確になり、明確だからこそ全力で取り組める。
よくある失敗パターンを3つ挙げておきます。
一方的な自己開示
自分の話をするだけで、相手に渡さない。自己開示が「自分語り」になっている
形式的な実践
PCを閉じ相槌を打つが、心が伴っていない。「やっている」だけで「向き合っている」わけではない
最初だけやって元に戻る
1回やって満足し、翌週からはいつも通りに戻る
信頼関係は1回のアクションで築けるものではありません。継続的にこの姿勢を保つことで、初めてメンバーが「この人には話せる」と感じる関係が生まれるのです。
おわりに
信頼関係の構築を「人柄の問題」「センスの問題」で片づけてしまうのは、教養や所作のレベルでマネジメントを捉えているからです。行動レベルで言語化し、業務として実行する。そうすれば、信頼関係の構築は誰でも実践できるものになります。
まずは、自分自身に問いかけてみてください。
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自分のWILL(やりたいこと・大切にしていること)をメンバーに話したことがあるか
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1on1でPCを閉じているか
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メンバーに「教えてください」と言った記憶があるか
もし1つでもチェックがつかない項目があれば、そこが出発点です。
次の1on1で、自分のWILLを30秒だけ話すことから始めてみてください。たった30秒で構いません。信頼関係は一日で築けるものではありませんが、明確な行動として積み重ねることはできます。
マネジメントは才能ではなく業務です。信頼関係の構築も、例外ではありません。
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