はじめに
「任せてますよ、ちゃんと任せてます」という方に限って、週次の定例に毎回出席している。報告を聞いた瞬間に「それ、こうした方がよくない?」と口を出してしまう。メンバーが上げてきた資料に、つい自分で赤入れしてしまう。
一方で逆のパターンもある。「任せた」と宣言したきり進捗を見ない、フィードバックもしない"放置"型だ。気づいたときには取り返しのつかない状態になっていて、「なんで早く言わなかったの?」と詰めてしまう。
口を出しすぎる人と見もしない人。両極端に見えるが、根っこは同じだ。「任せる」という行為の解像度が低い。「任せるとは具体的にどういう業務行為なのか」と問われてクリアに答えられる方は、ほとんどいない。
任せるには技術がある。消えることと見ることの矛盾を成立させる技術だ。
「任せる」には3段階ある
「任せる」の深さには3段階ある。
1)アクションを渡す
「○○社に電話して」「今週中にこの資料を作って」という個別指示。実行は早いが、マネージャーへの依存を生む。100個指示しても、101個目でまた聞きに来る。考える筋肉が育たないからだ。
2)方針を渡す
「新規獲得より既存深耕を優先してほしい」という判断軸。方針が共有されると現場は自分たちで動けるようになる。「じゃあ既存顧客のアップセル提案を先にしよう」「新規テレアポは一旦止めよう」など、1つの方針から100通りの判断が生まれる。
3)目標を渡す
「四半期○○万円、方針も含めて考えて」目標しか渡さず、方針すら相手に考えさせる。ここまで来ると必ずこの問いが来る。「で、どうすればいいですか?」。返しは一つだ。「あなたはどう思う?」。答えを与えた瞬間、それはアクション指示に逆戻りする。この問い返しを続けることで、相手は「自分で考えていいんだ」と気づき始める。
今あなたが「任せている」と感じているその仕事、3段階のどこにあるだろうか。多くの場合、の1)の域を出ていない。
そこにいないこと
そして、任せるうえで最も重要なことがある。
そこにいないこと
人は「そこにいる人」を頼る。上位者が同席していると、メンバーは無意識に正解を探すモードに入る。
「この人はどう思うだろう」
「間違ったことを言ったらまずい」
そこにいる人を気にして、自分で決める力がじわじわと鈍っていく。
あるタイミングで私はチームの定例から意図的に抜けた。数週間後、議事録を読んで確信した。議論の質が上がっていたのだ。それまでメンバーは私の顔色をうかがいながら発言していたが、私が消えた途端、自分の頭で考え、自分の言葉で議論するようになった。
いなくなることが、最大の権限委譲だったのだ。
消えるが、目は離さない
しかし消えることは放置とは違う。
姿を消したあとにやることは3つだ。興味を持つ。把握する。見ていることを伝える。
姿を消しても、議事録は読める。数字は追える。定例に出なくても、何が起きているかは把握できる。そして要所で「見ているよ」と伝える。
直接関わっていないプロジェクトで担当者が地道に数字を伸ばしていたとき、「あの数字の伸び、見てたよ」と一言だけ伝えた。表情が明らかに変わった。人は見られているから底力が出る。観客のいないスタジアムで全力を出し続けるのは、プロのアスリートでも難しい。仕事も同じだ。「見ているよ」というたった一言が、メンバーのエネルギーを支える。
おわりに
任せるとは、気持ちの問題ではなく設計の問題だ。アクション・方針・目標のどの深さで渡すかを決める。そしてそこを離れる。
姿は消すが、目は離さない。遠くでガン見する。
この矛盾を成立させたとき、チームは自走し始める。任せるとは相手を信じるという精神論ではない。信じられる構造をつくり、姿を消し、でも目は離さない。その設計をやり切る業務だ。
今出席しているその定例を一つ減らし、代わりに議事録をガン見する。「見ているよ」と一言伝える。それだけで、チームの景色は変わり始める。
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